胸にひそめた、私的もののあはれ等。
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修理田の草叢に息を潜めて、田手方向を窺う。
地鳴りのような轟音と、拍子木を打鳴らす音が一体となって、徐々にこちらへ、近づいて来る。

今日の曇天の所為であろうか、まさか、遠雷が、歌うはずもあるまい。
五感を研ぎ澄まして、周囲を警戒する。川縁の葦叢が、西よりの強風を受けて大きく撓み、右に左に揺れている。


寸刻後、はっきりと人の声が聴き取れた。

思わず、二人は顔を上げる。

えいとう。えいとう。カン、カン、カン。

あれは。あの音頭は。


「信昌殿!あいは・・、戸次」

信昌は驚懼した。あれは間違いなく、豊後の戸次本隊。姉村の辺りだ。地に這う黒雲の如き威容。乱れ舞う旗指物。まるで踊っているかのようだ。もう少し、近づけば、杏葉紋を確認できるかもしれない。

「信友、あさん、近頃、直鳥んにきで合戦の有いよったて言う知らせ、受けとっこう。」

「うんにゃ。そがん話は、無かった。」

犬塚鎮家が、敵に回った証であった。

信昌の眉間に一瞬、皺が寄った。それで信友は、事情を察した。

境原は最早、村中城の目と鼻の先である。

信友が顔を引きつらせて言う。

「をいたぁ。こがん早かて思わんやった。」

えいとう、えいとう、の異様な掛け声が木霊し今だ止まず、耳の奥にこびり付く。今夜は眠れぬかもしれない、と信生は思う。

元亀元年、四月の初め。


「信昌殿、どがんしゅうか。おいたちゃあ、榎津から早津江の抑えで手一杯ばってん、鬼の戸次ばこのよに、城に近う置いとくぎ、でけん。旗本ばひとちぃ成して、他ん所よい先に討ち払ろうた方が、ゆうなかろうか?」

信昌は視線を姉村へ真っすぐ向けたまま、黙っている。


「・・・、そいばってんがたい。こんたびは、返す返す危急存亡の事ぞ。有馬大村勢も、小城んにきまで寄せて来とってばい。山代の神代勢も川上から金立に迫り出したて言うぎ、東の横岳、姉川、綾部とかと合流して、いつ南下して来ても、おかしゅうなか。八戸殿まで、川上んにきに陣ば張っとうて言うけんにゃ。ざっとなかばい。」


村中城は、四方を遠巻きに、完全に包囲されている。
当家の大友家に対する、反逆の報い。理由はどうあれ、宗麟公相手では勝ち目が無い。
その本陣は高良山に有るという。高見の見物を決め込むその余裕に、信昌は臍を噛む。


この様な事態にまで、なるとは。


「ちょっとさい、何じゃい言うてくれんぎ、おいもどがんして良かか、分からん、信昌殿。」

はっと我に返る信昌。


「信友。巨勢の御家老の陣に帰ってばい、事の次第ば報告せろ、そん次に城に行って殿に伺いば立ててくさん、火縄隊ば何時でん動かさるっごと、言上しとけ」


俄かに立ち上がる信友。御意、と言うや草叢を掻き分け脱兎の如く西へ疾走して行った。


――――――――-


「そがんか。」と言って、家老信景は床几を立ち、帷幕を捲って姉村方向を眺望した。

凝視するだに、遠く、深緑に茂る木立が歪んで霞む。視界が若干茫としている。


信景は疲れていた。両手の親指で眉間を押さえ目を閉じた。

戦いは先年から続いている。そして、先が見えない。


今年三月、事態は大きく動いた。
またしても大友宗麟が、大軍を擁し、東西南北から佐嘉を包囲した。

北は城原から、筑後榎津にかけて展開する戸次勢への抑えも火急ながら、金立から大和に迫り出した吉弘、臼杵の連合勢の動きにも気が抜けない。どうなるか、皆目分からない。


東の守りは、城からこの距離までが限界ぞ。これ以上敵を進ませては、ならぬ。


信景は振り返り、気勢を張って言った。
「事態は分かった。ここはもう良か、城さい行たて報告ばせい。」


は、と言うと、信友は立ちあがり、陣を出ようとした。


「待たい。」
信景は、止めた。

「左衛門に伝えとかい。そい以上の斥候はせじ、城に帰らいて。儂も間もなく一旦、城さい参ゃるけんが。」


信友は苦笑した。

「信昌殿のことですけん、ひょっとすっぎ今頃、単身で敵陣近う行っとんさるかもしれませんばい。」


信景は、ふう、とため息をつく。

「ぞうたんのごと。あさん、家老の子やろうもん、なし諭しきらんか。」


「諭して聴くごた人じゃなかですけん。おいも二言三言、言いよっとですよ。こいでも。」
信友は顔を顰め、頬を掻いた。


みんな若か。うちは、年寄りが足りん。

さて信安殿の健在ないば、どがん指図しんさあやろかのう。


思案しながら、信景は、再び床几に腰を下ろして、目を閉じた。


「そいぎ、おいは、こいで失礼仕る。」

と声がしたので、片手だけを挙げて、返答した。



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FC2blog テーマ:歴史小説 - ジャンル:小説・文学

【2011/09/10 23:26】 | 歴史のこと
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